
童謡・月の兎と星の蝶の子守唄の最終章/後編です。序章と一章の続編です。是非、序章と一章、前編を読んでからこちらを見てください。(そうしないと話が見えないので・・・)
4. 古の塔、偽りの技術と世界の中で
目の前に最後の鎖を持つ者がいる。少し異質。背中から翼が生えている。鳥以上に美しい翼。今まで有翼の人間など見たことがなかった。服装といい、妙にあっている銜え煙草と言い、別の世界の人間にすら見える。今まで、色々旅をしてきたつもりだったが、一部の狭い世界しか見ていなかったか。
その人は、自らを電脳師と名乗りました。大地と大海原のヌシから聞いていると言っています。ヌシ達はこの電脳師と名乗る者と会った事があるのであれば、海底宮殿でその話をしてもいいと思うが・・・どうやら、あのふたりに仕組まれたようです。

「何だ? ヌシ達から話を聞いていたのではなかったのか?」
「電脳師よ、お初にお目にかかる。私は赤の賢者。この鎖を通しても、あなたの情報は得られなかった。」
「こんなもん、ただの生命維持装置に決まってんだろ! 上が管理しやすいように、リーダー間の意思の疎通と連絡機能を強化したものにすぎん。ここにいる以外の生き物にも、小さいながら鎖はついている。この強すぎる星の外気毒から身を護るだけだ。特に月から来た、河童やカエルに兎はこれらがないとこの星で生きていく事はできない。」
「待ってくれ。河童とカエルの一族が大鎖を受け継ぐと、先代が死ぬのは・・・。」
「当たり前だ。この星は毒の星。土着の生き物ならばともかく、外から来た生き物には非常に厳しいものだ。残念ながら、もう鎖を作る技術は失われている。」
「それでは・・・。」
「それが事実。鎖と言う生命維持装置がなくなれば月の眷属はこの星では生きていけない。この星にいくつかある、月の磁場の地だけが鎖が無くても生きていける。よく、鎖に語りかけてみるといい。お前達は先代に言われた事を完全に理解していないんだ。」
カエル王と大河童は黙ってしまいました。生命維持装置の予想はしていた事でもありますが、事実をそのまま突き付けられると、何も言い返せません。
「ついて来い。」
そう言われて塔の中に入っていきます。中はチューブ状のようなものがひしめきあっていて、それが蠢いています。そして今まで見た事のないような機械が目の前にありました。まるで生きているようです。
「ここは、この星を維持している装置。私達が持つ鎖の大元だ。もう直ぐ管制室につく。そこで私の知っている事を話そう。」
エレベーターで相当高く上がって行くと、だだっ広い空間に出ました。電脳師に光が集中し、まるでセンサーで検査されているように見えました。チェックが終了し、暗い空間に光が灯り、そして明るくなった。シンプルなもので、宙に浮いているボックスを操作するようなのですが、それをどう操作していいか全く分かりません。海底神殿の長である龍の女王ですら、完全には理解しかねるといった表情をしています。
「そう心配する事ではない。」
今までの怒鳴りちらしていた口調とは違い、電脳師は優しく語り掛けてきました。
「先ずは“空”について話そう。ここで調べて解かった事だが、かつての“空”は、この星の人間ではないらしい。その者がこの星を生命が住みやすいように作りかえたとある。当時の“空”が提供したのは生命維持装置と、星の技術だけだと記録にある。“空”が死んだ後は、管理者と呼ばれる者達がここを管理していた。鎖と偽りの世界を構築したのは、その管理者達だ。だが、もうその管理者達もいない。子孫の一部は塔を出てこの星で暮らしているとの事だ。私もその一人だが、ここに来るまで塔の存在すら知らなかった。」
「今の“空”とはこの塔自身の事。星の維持管理の制御マシンだ。メインコンピューターや端末も含め、総てが“空”だ。付け加えるとすれば、私達はメインコンピューターの“ニド・チェーン”により、鎖・・・“精神鎖システム”・・・を通して端末である私達が命令を実行する。」
・・・私達は兵器のようなもの?
「勘違いするな。メインは人間で、“ニド・チェーン”は鎖を通して意識を共有する為だけに存在する。私達が鎖と呼ぶ“精神鎖システム”は、この星で生きていく為の生命維持装置と意識の共有といった2つの作用だけだ。しかも生命維持装置として必要なのは外から来た者だけで、この星の人間には必要がない。」
「問題なのは、今では自身がその鎖を断ち切れなくなっていると言う事。特にカエル王と青の導師は鎖の呪縛が強い。ここにいる以外の、小さい鎖を持つ者達の過剰な防衛意識が増大し、“ニド・チェーン”を通して皆に作用している。人の心が弱く何かに依存するようになってしまった。目に見えないものに、雁字搦めにされている。文字通り、鎖に縛られている状態だ。心がすさむ。小さくなる。」
・・・では、どうすれば?
「鎖を断ち切れるかだな。」赤の賢者は強く言い放ちました。
「この話、ネハルに教えたのか?」
「来たよ。あの意思の強い子供は。ネハル自身が自分で“鎖とは何か”を見つけて、この塔に来た。偶々私もここの解明に夢中だった時期だ。教えるまでもなく、自分で答えを出していた。そして、自ら鎖の断ち切り方を考える為に、旅立っていった。」
だが・・・それは自分で決める事。鎖の切断を望まない者もいるのではないか?
「それは、自分の目で確認するといい。過去の遺産は所詮、過去のもの。今は必要ないはず。現時点で鎖が必要なのは、最近この星に来た兎と蝶だけだ。カエル王と大河童の先代達は、心の弱さが、鎖をなくす恐怖で自ら命を絶ったのだ。鎖が存在する以上、こういった事を繰り返す。」
カエル王は反論しようとしましたが、それを大河童が制しました。実際、カエル王自身も迷っています。自分の鎖の呪縛の強さを、自身ではなく鎖の能力に依存している自分を。外に出ない理由を鎖のせいにしていたのは自分ではないか。
青の導師も自身の事実を突き付けられ、声が出ない様子。それを察したように赤の賢者が肩に手を置きました。「弱いのはお前だけではないよ」と、言わんばかりに。
それにしても、ネハルが鎖の事、私達が今聞いている事を知っていた・・・そして、鎖を断ち切ろうとしていた。村を旅立つ時、私達の動向を断ったのは、鎖を切る事を隠していたからか。何かの覚悟を感じてはいたが・・・だとしたら、何故、“歪み”と呼ばれるものと戦っていたのか。
「電脳師よ、この星に向かっている“歪み”とは何か教えてくれ!」
赤の賢者は他の者よりも覚悟が座っています。ネハルの事も含め、総てを受け入れる用意が出来ていました。
「“歪み”は過去の管理者が作ったもので、かつて“瘴気”の固まりのようなものがこの星に近づいて来た時に、それを吸入する為の掃除機、ブラックホールのようなものとして作られた。“歪み”はその瘴気を吸い込み・・・この星を遠く離れていった。そのまま瘴気ごと消滅するようにプログラムされていたが、今頃になって、故郷に戻ってきた。瘴気を溜め込んだまま、宇宙を彷徨い、たまたまこの付近に来ていただけだ。」
そうであれば、この星には来ないのでは?
「精神鎖システムだよ。皆の鎖に共有されている意識の憎悪や不安、ドス黒いものが“ニド・チェーン”によって共有、増大されている。“歪み”はそれを瘴気と判断して過去のプログラム通りにこの星毎掃除に来た。使命を実行しているに過ぎん。しかも、帰ってきた“歪み”を元に戻す術を知っている管理者は、もうこの世にはいない。ここを調べたが、それを作る時も相当の犠牲が出たらしい。当時の管理者でさえ手に余るもの・・・それが“歪み”と言うわけだ。」
そんなもの、一体どうすれば・・・?
「そこから先は、私が話してもいいのだが、どうやら直接話したい人がいるようだ。」
電脳師の近くの宙に浮いているボックスの後ろに人影が見えます。星の蝶です。その隣には、赤の賢者と青の導師が月の兎と対峙した時にいた2人の赤子達もいます。
「始めまして・・・の人もいるのかな。電脳師と言ったね。流石は“空”と呼ばれた“星の蝶”の子孫にあたる者。独学でここまで調べる者がいるとは思わなかったよ。その背中の白い翼からは星の力を感じる、彗星に住む聖霊の波動を感じる。その翼、大事にしてくれ。」
外から来た者とは星の蝶だったのか・・・この羽は彗星の象徴だったのか。
・・・そうか、蝶がこの星に来た理由はかつての仲間に関係する事だったのか。その子孫もいるのだから蝶がこの星を気にかけていても不思議ではない。私達は、きっと、この蝶に護られていた。相当の長い間、この星を見ていてくれたのか・・・。

「電脳師といい、ネハルといい、この星の人間の意識の大きさ、意思の強さには恐れ入る。特にネハルの凄まじい意思にはこの蝶と兎でさえ人生を変えられる事になった。だが、その意識の強さや憎悪や不安が“歪み”を呼び寄せたのも事実。」
「蝶よ。ネハルの事を教えてくれ! あの子は一体何をしようとしていたのか!?」
「赤の賢者。今まで皆の行動を見ていたが、あなたが鎖持ちの中で1番強さを感じる。大きさ、強さを備えている。ネハルは誇っていたぞ、姉達を。そして一方で寂しくもあった。ネハルは負の力が強すぎた。独学で鎖を解明し、皆の意識を強く感じすぎていた。そして、それを餌にする“歪み”の存在を知ってしまった。一人で抱え込んで、一人で“歪み”と対峙しようとしていた。単純な破壊だけでは“歪み”を倒せない事も理解していた。だから、“空”を頼り、私達の存在を知り、この星の蝶と月の兎に助力を求めた。」
私と青の導師の旅の同行を拒否したのは、私のせいなのか?!知らずのうちに、ネハルを苦しめていたなんで・・・間近にいながらその事に気が付かないなんて、何て事だ。
「自己嫌悪に落ちいるな、赤の賢者。ここに君と青の導師が命がけで守った護り手の赤子がふたりいる。この意味が分かるかぃ?」
いや・・・。
「ネハルは君達を信用していなかったのではない。今後の事を考えて、必要な力を欲したんだ。この星の蝶と月の兎の力を。」
まさか・・・?!
「この子達がネハルだ。それを君達が命がけで救った。これも運命だとは思わないか?流石は3姉妹。絆の大きさがひしひしと伝わってくるよ。」
まさか、あの時の赤子達が・・・ネハルが生きていた! どう言う形であれ、これ程うれしい事はない。良かった、本当に良かった。
「赤の賢者。僕には時間がもうない。ネハルを月と彗星の力を受け継いだ均衡者として復活させるのは大海原と大地のヌシ達に依頼してある。」
・・・時間?
この星の毒以前に、月の兎と星の蝶は相性が悪い。互いに毒となってしまう。だから、鎖の生命維持装置の力を必要とし、自ら鎖に縛られた。とにかく、時間が無い。手短にすべてを話す。
・・・僕からの最後の説明だ。心して聞いてくれ。
ネハルと“歪み”が均衡状態にある時、大地のヌシと大海原のヌシは“空”との交信し、契約を行った。その時に感じた信号に混じって聞こえた声が、遥か昔に行方不明になっていた仲間の信号のように思えた。同じくして“空”からの交信は、月の女王にも届き、女王は調査の為にこの星に使者を出すか迷っていたが、それを僕が説得した。
・・・だが、甘かった。
この星の毒は予想以上に強く、聖なる資質を持つ月の兎には厳しすぎた。だから、初代“空”が用意した最後の4本の鎖のうち、1本は兎をこの星から護る為、そして1本は僕と月の相性が悪く、命を削られるのを防ぐ為に使い、残りはヌシ達を護る為に使った。勿論、ヌシ達には戒めと言う事もある。鎖の記憶操作を受け入れたのは自分自身だと言う事の戒めの為に。
ネハルに会った時、あの凄まじき赤子はこの“鎖”と“歪み”の事を理解したうえで、僕達ふたりに奇蹟の唄を依頼した。自分の体を媒介とし、次代の護り手を産みだす為。産まれながら鎖を持つ子供を作る為に。正直、人間の意志に飲み込まれるとは思わなかった。兎も同様に自分の意思でネハルに協力する事にした。
今回の件は、僕の同族に対しての我侭もある。かつて逸れた仲間。そしてネハルの言葉、行動に心が動かされた事もある。月の兎の同様に・・・だ。だから、命を懸けて護る。
「これより、“鎖”と“歪み”を絶つ。」
“歪み”は無数に存在する。総てを相手にしていたらきりがない。その為、先に鎖を断ち星の範囲外にいる“歪み”は相手にしない。この星に来る“歪み”を倒す方法は、月の兎が今までに溜めた力を解放する事によって、対処する。もし、兎の命が尽きる前に唄が使えるのであれば、カエル王と大河童よ、月の眷属として補佐してくれ。これが出来るか出来ないかによって、カエル王の夢の続きは変わるはず。後は君達次第だ。もう、鎖のせいにするな、頼るのは自身と仲間だ。
・・・そして、“鎖”は月の兎と星の蝶の力を得た者にネハルに・・・託す。
これが・・・概要だ。後・・・はよろしく頼む。
僕の体もそろそろ限界のようだ。月と彗星はやはり、相俟みる事が出来ないようだ。互いの力が毒となる事実は覆せなかった。その為に、わざと鎖の呪縛を受けたのだが、どうやら星の蝶の力、技術をもってしても、毒の方が強かったようだ。だが、蝶は死なない。繭の中で生命を終わらせ、新たな命を誕生させる。
そう言い残し、蝶は繭にくるまれて、今の生に幕を閉じた。
「君達の事は忘れないよ。兎にもよろしくいっておいてくれ♪」
今、明かされた真実。電脳師も含めて、まったく声が出ない。総てを知った所でこれから行う事を考えれば当然の事だった。総ての鍵を握ると思っていた星の蝶はもういない。
ここからは夢の続きだ。カエル王が捕らわれる夢の続き。ネハルが兎と蝶の力を受け継いでいるとは言え、この子達はまだ赤子だ。戦力にすらならない。やはり、頼れるのは自分自身・・・そして仲間達。もう、総てを受け入れる以外に道は無い。覚悟を決める以外に、道は無かった。
その覚悟は直ぐに試される事になります。ニド・チェーンから、警報が発せられました。
・・・来た。ついに来てしまった。“歪み”がこの星に近づいてくる。
「今は、ごちゃごちゃ考えている場合ではない。私は“ニド・チェーン”と供に“歪み“の情報を集める。お前等も今出来る事だけを考えろ!」
電脳師は解析と塔の機能で“歪み”に対抗出来る部分を探しています。
「ここからが夢の続きだ。オレは、“歪み“と対峙しなければならない。飲み込まれるか、やつを何とかするか。」カエル王は覚悟を決めたようです。
「ならば、俺も行かないと。月の眷属として、カエル王と月の兎を助けるのは自分の役目です。」大河童もそれに同意します。
「電脳師! 私達を屋上に飛ばしてくれ!!」
5. 護る為の戦い
屋上では既に月の兎と護り手の子供達が迎え撃つ準備をしていました。兎の様子がおかしい。護り手の子供達も心配そうに見ています。この星の外気毒のまわりが鎖の生命維持を上回っているようです。立っているのが不思議なくらいです。カエル王と大河童が兎に寄り沿い、鎖の生命維持機能を兎に使用し、補佐を行っています。
空から低い音が鳴り響きました。音の波動が雲を貫いて来ます。雲自体が黒ずみ、不自然にうねりながら、質量の大きいものが降下してきました。雲を纏って、台風のような渦を形成しています。中心部から巨大な塊が沈んできました。
・・・“歪み”
鎖の憎悪を飲み込む為に来た過去の遺産。通り道の総てを歪ませては飲み込み、この星に仇名すモノ。
直ぐ様、護り手の子供が迎え撃ちます。今日の為にネハルに産み出され、育てられた護り手の子供達。まだ幼き戦士。心は強くとも、体も力も熟成していない発展途上の子供。そんな子供にまで戦を強いる我々の何と残酷で無慈悲なことか。
だが、子供とは言え戦士。“歪み”に対しては兎と蝶の唄の力によりある程度対応出来ます。その後も兎と蝶の身を削って作り出した聖なるオーラを注ぎ込まれ、力を増大しています。子供達は“歪み”をとり囲み、言葉の詠唱を行いました。詠唱は不思議なリズムで輪唱され、中の“歪み”は次第に揺れだしました。細かく振動が始まり、やがて中に巨大な圧力がかかりました。“歪み”は身動きできないばかりか、潰れていきます。
護り手の子供達が優勢な間に、育ての親である月の兎は、浄化の光を溜めこみます。赤の賢者と青の導師が見たあの“憎悪に取り込まれた兎”ではありません。まばゆいばかりの聖なるオーラを纏う月の使者。神々しくさえ見えます。兎の周りの空気が揺れています。細かい光の粒子をまとい、その色を強く、濃く紡いでいきます。そのまま小さく高密度にまとめた時、音が止みました。
静寂。
総ての音が消え、兎の動きがスローモーションのようにゆっくりと残像を残しながら動き出し、最後の動作で両手をかざし、充填された浄化の光をやさしく放出。
―――光は“歪み”だけを貫きました。
一瞬の出来事でした。“歪み”後ろ側から裂け目が入り、浄化の光に包まれた“歪み”は、形を維持できずに散らばって行きます。溶けるように崩れていきます。爛れた一部が塩の結晶のように変化し、そして・・・崩れました。
崩壊と同時に音が戻ってきました。
まだだ。崩れた“歪み”の中から、禍々しい瘴気の塊が見えます。そして、夢と同じようにその中には無機質な体の龍のようなものがうねっています。“歪み”が体内に溜め込んでいた宇宙中の瘴気をじっくりとねかせて、育んでいた結晶。ネハルが対峙した時とは比べ物にならない程大きく、それがもがき、うねっています。“歪み”と言う外観が無くなった事で、押し込められていた力があふれ出てきたのです!
・・・護りの子供達が更なる力を籠め、その間に兎は第二波の浄化を溜め込みます。どうやら、ここからが本当の勝負のようです。
龍が暴れだし、封鎖した空間内から一気に溢れ出そうとしています。瘴気も中の龍も増大する一方です。それに対応するように、子供達の詠唱が早く、細かくなりました。言葉というよりも、短い唄のようです。それに応えるように身体が光りだし、薄い膜のようなもので瘴気を包み込みます。この膜は柔らかく、瘴気と龍は突き破る事が出来ません。兎が力を溜め込む時間を稼ぐのには充分すぎる効果です。兎の辺りが青白く光り出し、その総ての力、月の兎の聖なる波動が放たれる・・・筈でした。兎が血を吐いて身体を崩します。身体を活性化させた事で、かえって毒の進行を早めてしまったのです。鎖の生命維持装置は、進行を遅らす事は出来ても、治療する事は出来ないのです。カエル王と大河童は自分達の維持装置分を兎に何とかまわしています。
その間にも、瘴気は膜を喰い破ろうとしています。子供達も必死で抑えようとしますが、増大し続ける力に押されていきます。ついには膜を喰い破り、周囲に瘴気が溢れ出しました。
「戻せ!子供達を直ぐにだ!死んでしまうぞ!」
逃げ遅れた子供達が、瘴気に巻き込まれて中に沈んでいきます。些細な抵抗も効果はなく、半ば意識を失いかけ、もう動く事すら出来ない子供は、少しずつ取り込まれていきます。このままでは子供達が飲み込まれてしまいます。
カエル王はその強力な脚力で龍に向かって跳躍しました、子供を救い出す為に。大河童もそれに続きます。赤の賢者と青の導師も風と熱の力で飛行し、子供達を救出しています。
餌の臭いを感じ取ったのか、瘴気の中に見えた龍が外に出てきました。護り手の子供達には目もくれず、兎を睨んでいます。ゆっくりと、憎悪を撒き散らし、ゆっくり瘴気を滲み出しながら、空間をねっとりと湿らせ、中から“歪み”以上の龍が。でかい。あまりにもでかい。こんな禍々しいものを今までに見た事が無い。この湧き出る瘴気は、月の兎にはこの星以上の毒、耐え難いもののようです。力が抜け、既に立てる状態ではない・・・もう力が残っていないのか。
湧き出る瘴気が月の兎に集中します。“歪みの龍”は、兎を敵と判断したようです。動けない兎に、容赦なく襲い掛かる瘴気。果敢にも母を護るように子供達が盾となります。瘴気を浴びながら、次々に倒れていく子供達。このままではネハルの時の子供のように無駄死にしてしまいます。目の前で子供をいたぶられる残酷な光景が兎を絶望させ、堕ちた魂を引き裂く程の絶叫をあげる。
・・・ごりっ ごりっ・・・がりっ
鈍い音とともに、兎に変化が起こりました。カエル王と大河童が兎から離れました。兎に触れていた身体の一部が溶けかかっています。兎から“歪み”以上の憎悪が膨れだしてきました。赤の賢者と青の導師にはわかっていました。あの凍りつくような感覚が襲いかかってきます。対峙した時、まったく動けなかった、“憎悪に飲み込まれた兎”が兎の精神を覆いかぶさります。既にまわりが見えていません。そして体も限界がきています。凍りつく恐怖以前に、今はその憎悪に頼らなければ、立ち上がる事も出来ない兎が凄まじくも悲しくさえ見える。兎は憎悪の総てを龍にぶつけようとしています。意思とは裏腹に身体に力が入らない兎。生命維持の力で補佐しようにも、カエル王と大河童は兎に近寄る事も触る事も出来ません。
膝が崩れ、両手で地面を支えていても、その目は死んでいません。“歪みの龍”と睨み合っています。互いに威圧しあっています。
そこを狙って、龍の女王の指示でミズチ達に指示を出します。兎に襲い掛かる寸前の“歪みの龍”に統制のとれた動きで撒きつき、身体の自由を奪います。どうにか兎への直接攻撃は抑えました。だが、そこまで。一瞬の硬直が起こりましたが、そのまま、ミズチ達が引きずられていきます。
5匹のミズチがまとまっても動きすら止められないのか!
直ぐに振りほどかれ、ミズチ達は塔に叩きつけられました。龍の女王が悲鳴をあげます。しかし、ミズチ達は塔から落ちませんでした。塔の防衛システムが作動し、総てのミズチを救出しています。作業を終えたシステムは迎撃モードに入りました。今度は塔の防衛システムが歪みの龍を攻撃します。過去の遺産に古代の遺産で迎え撃つ。無機質で冷たい塊同士の戦いがはじまりました。いくら攻撃を加えても、“歪みの龍”はひるむ事をしません。“歪みの龍”はあまりにも強大でした。古代の技術を持っても倒せないこの龍には、兎と蝶以外に倒す事は不可能ではないのか。誰もが思いました。
それでも・・・。
どんな理由があろうとも、こちらが、追撃をやめるわけにはいきません。“歪みの龍”の両側から、今までとは違う、言葉の詠唱が行われました。早く、突き刺すような言葉の詠唱。細かい針のようなものが身体中に突き刺さり、“歪みの龍”がついに押さえつけられました。間髪入れずに、赤の賢者と青の導師が炎と風の力の総てを歪みの龍に叩き込みます。
「何とか間に合ったな。月の兎よ、借りを返しにきた。星の蝶との約束で、力を得た子供達を元にもどす方法が見つかった!!」
大海原のヌシと大地のヌシも駆けつけていました。
大海原のヌシの言葉を聞いて月の兎が持ち返しました。憎悪が急に抜けて行きます。身体が変化しそうな程の憎悪を、総ての想いを意思の力に変えて、“唄”を発動しました。今までに聞いた事のない魂のこもった唄。それに・・・なんて悲しい唄。啼いているような声が、低音になり、一気に高い声に変化していきます。高音域が広がりはじめた時、2つの声が合わさりました。月の眷属であるカエル王と大河童が供に唄いだしたのです。
月に伝わる、生と死の狭間の地でのみ許された唄。死者をあの世に送り、迷う生者を現世に導く、表と裏、陰と陽を同時に紡ぐ唄。月の眷属達は、確信と覚悟が取れる顔をしています。不思議な感覚です。先程の子供達の唄とは比べ物になりません。月の一族に伝わる奇跡を今、目の当たりにしています。まるで神話の一角のような・・・壁画に描かれている絵画のような光景。月の唄が傷ついた子供達を護り、死者を送る声で“歪みの龍”を包む。3人と子供達の体が光りだし、また“歪みの龍”も発光しています。
“歪みの龍”は発光しながら、もがいています。激しく暴れながら、体から大量の異物を垂れ流す。総ての憎悪を搾り出され、やがて・・・消えていきました。
“歪みの龍”は今、ここに消えたのです。
終わった・・・のか?!
激しさの後で、総ての音がとまりました。
護り手の子供達は皆、生きていました。あれだけの事をやってのけたくせに、相変わらず、無邪気な顔をしています。他の仲間も、座り込んで動かないが、どうやら生きているようです。兎は今度こそ、子供達の命を護る事が出来たのです。その無邪気な子供たちが母のもとにかけよります。奥からは、管制室でやるべき事を終えた電脳師も上がってきました。全員を確認しています。
安堵の中、不意に音が戻りました。・・・子供達の泣き声が、大声で泣き叫ぶ子供の声だけが鳴り響いています。
カエル王と大河童が兎を見つめたまま動きません。手を差し伸べようとして、その手が止まりました。皆の視線が月の兎に集中します。不動に立ち尽くす月の兎は、既に事切れていました。子供達は育ての母の死を理解してしまったようです。兎は、子供達から母子のような絆を、たしかに得ていました。自分の総てを唄に込め、総ての仲間の命を護った。悔いは無い。そう言う顔をしている。ネハルと護り手の子供達の為に命を懸けた者は、使命を終えて安らかに眠る。カエル王は、兎の目を閉じ、やさしく横に寝かしました。
大海原のヌシが傍により、カエル王と大河童に話しかける。
「カエル王と大河童よ。カエル王の故郷・・・月の村に兎を返してやってくれないか。同じ月の眷属として、彼女を送り出してくれないか。竹の壁の内側の白竹に、待っている者がいる。塔の管制室から移動するといい。そこの直結したルートがある。」
「わかった。だが、鎖は大丈夫なのか。」
「あぁ、これから強力な赤子が産まれるから。これで蝶と兎との約束を果たせる。」
「そうですか・・・それが月の兎を奮い立たせた理由ですか。分かりました、こちらはまかせてください。」
そう言って二人は月の兎をかかえ、護り手と一緒に月の村に向かった。
「さぁ、皆。ここに集まってくれ。それと月の兎と星の蝶の力を受け継いだ子供達をここに呼んでくれ。」
力を受け継いだふたりの子供達を龍の女王が抱えて運んできました。
「私の言葉がわかるか? ふたり共。これから私と大地のヌシがお前達を本来の姿に戻す。星の蝶の“護りの唄”と月の兎の“浄化の唄”、自身の“鎖の契約”を今こそ果たす。戻れ、そして新たな生を! ・・・星の蝶と月の兎の力を受け継いだ均衡者、ネハル!」

赤の賢者と青の導師は顔を見合わせた。兎の最後の力、大海原のヌシの言葉はこれを意味していたのか。これが、月の兎と星の蝶が起こした最初の奇跡。命を削ってまでも唄った効果と契約。考えれば、総てが目的の為の布石に過ぎなかった。だが・・・本当に良かった。やがて、ふたりのヌシの儀式が終わると、二人の赤子はネハルの姿になった。蝶の羽と兎の耳を受け継いだ均衡者ネハルが戻ってきた。
「よ! ひさしぶり。」
「久しぶりじゃねーよ。心配かけやがって。」
赤の賢者と青の導師、そして均衡者ネハル。姉妹がもどった瞬間でした。
―――もうひとつの願い。
月の兎と星の蝶が一緒に過ごした時間。互いの相性により、相俟みる事が出来ないと理解しながら、同じ目的を持ち互いを理解しあった時間。ネハルの体に月の兎と星の蝶の力が宿り、ここに兎と蝶がひとつになった事は、蝶と兎の真摯な願いでもあった。他人の為に命を懸けた者達の只ひとつだけの自分の為の願い。
「ネハルよ。早急に鎖精神システムを止めたい。鎖を断ち切らないと、また“歪み”が襲ってくる。」
「うん、わかった。」
新たに得た兎の耳を立て、蝶の羽を大きく広げ、均衡の子供は唄いました。後ろで兎と蝶が支えているように見えます。力と面影を受け継いだ子供の奇蹟をやさしく見守っています。
・・・さぁ、やるよ。今度は私達の番だ。
全員の鎖を解除し、過去と現在の呪縛との関係を断ち切ろう。たしかに不自由になるかもしれない。たしかに困難が待っているかもしれない。だが、私達は自分の意思で生きていくんだ。気まぐれの意思に管理された世界なんかいらない。必ず、這い上がってみせる。必ずもとの世界に戻してみせる。その為に一度死んでまで、この地にすがりついた。月の兎と星の蝶を犠牲にしてしまった。
―――。
ガラスが砕けるような音が鳴り響きました。管制室のコンピューターと、総ての鎖・・・呪縛も能力も意識の共有も総て失いました。
そして、世界を見た。真実の世界を。豊かな大地と思われたものは砂漠に、海は総ての水が枯れ、塩の結晶と化す。総てが偽りの世界だった。塔を降りると、やはり砂漠しか見えない。いや、後ろを振り向いた時、塔も無くなっていた。
砂と塩以外に・・・あるのは“歪みの龍”の残骸。兎の力で搾り出された憎悪の塊は、まだ完全に消えてはいなかった。蠢く臓物から、体液がにじみ出ています。
「あわれな“歪み”よ。こんな荒廃した星にまだ執着しているのか。こんな姿になってまで命令を実行しようとしているのか。」
その体液が砂の世界を腐食しています。自らの意思なのか、執念なのか、砂が変色し、デジタルなデータが崩壊するような崩れ方に変わっていきます。この何も無い世界を、まだ消し去るつもりです。鎖を断ち切っても、忠実な過去の下僕に未だ翻弄されているのは、自らが鎖の崩壊を認めていない為か。
とにかく、今はこの場を離れるしかありません。もう、うつ手がない。幸い、腐食のスピードは遅い。急いでミズチに乗り、その場から離れました。
近くの丘の上で、歪みの残骸を見ています。
塔があった周辺を山火事の跡のように燻っている“歪み”を見ています。総てを失い、自らが立とうとしているこの時に、未だ立ちはだかる痕跡。止められない腐食がゆっくりと進んでいます、痕跡が育ち、腐食が進み、その煙がたちこんでいます。爛れた大地から瘴気が放出されていきます。このままでは他の“歪み”を呼んでしまいます。
間違いない! 力尽きた“歪み”は新たな“歪み”を誘っている。
目論見どおり、餌を求めて空から“歪み”が現れました。黒い点が大きくなり、増えていきます。一匹や二匹ではありません。歪みの大群です。大きいもの、小さいもの、不定形なもの・・・空が黒く染みていきます。空が“歪み”で埋めつくされていく。
そのままゆっくりと降下し続ける黒い雲の動きが活発になりました。地面に燻っている餌を喰らう為に行動していたはずの“歪み”達が餌には目をくれず、互いを食らおうとしています。
―――共食い。
チキ・・・チキ・・チチ・・・キ・・・
蟲の大群を思わせる音を発し続け、喰らい、飲み込み、吸収を繰り返す。
本能の世界。本能そのものと言える蟲達に、人は無力なだけだ。
単体での行動には、人間の負の感情が見え隠れしたが、本当に怖いのはこの群体。管理者でさえ、扱いきれなかった理由がここに見えた。プログラムされた存在だと思われた“歪み”の根源は、生物の本能を利用したものなのか。
何も無い世界を貪り喰うもの達を私達はただ、見ているしかなかった。
ただ、見ているしか。
尚も喰らい続けていくと、その一部に隙間が出来ました。侵食が進んだ部分からその周辺の“歪み達”が下降していく。いや、落ちてきたといった方が相応しいかもしれない。
僅かに送れて、この世の声とは思えない、美しい声が聞こえてきました。その美しいが力強い声に押されて、“歪み達”の体勢が崩れだしました。声が“歪み達”を圧迫、ねじるように力を加えていきます。声にそって、光の軌跡が見えました。それらをまとめて貫き、私達がいる丘に届く一筋の光。眩い光の先端につつまれているのはカエル王と大河童でした。驚きと共に、これが鎖の夢の続きだと受け入れました。
カエル王と大河童が兎の亡骸を月の村の白竹に届けに行った時、閉ざされていた竹林に隙間が出来ていました。あの堅牢な竹林の壁が自ら開き、ふたりを迎え入れます。中には白く太い竹が1本生えています。
ここでいいのだろうか?
悩んでいると、白竹の後ろから月の住人が現れた。

「待っていました。我が同胞を送り届けてくれてありがとう。月の民、カエル王と大河童。供に月の眷属であり、王の称号を得る者達。」
月の兎は―――。
「ええ、聞いています。鎖の子供を護る為に、この毒の大地に残った。それが彼女の意思をくんだ結果・・・。だが、彼女は満足していると思います。体の毒を抜いてからこの、彼女が生まれた白竹に戻します。この星では墓参りと言う習慣があると聞いています。たまに来てやってください。私はこれで戻ります。だが、その前に・・・」
カエル王と大河童は月の唄と光により、塔があった場所に戻されました。夢の中で放っていた浄化の光。それが今、現実として自らが放っている。月の民・・・月を統べる女王自らが唄う奇蹟の声と光がふたりを導き、夢の続きの行動を促がしています。不安だらけのどす黒い夢が今、自らの想いに応えて進んでいる。運命的なつながりを感じる大河童と共に。意地でも“歪み”に屈したりしない。必ず仲間を救ってみせる。
ふたりの光が増しました。
月の唄が大きくなるにつれて、光が強く広がります。それを“歪み達”が黙っているわけでもなく、ふたりは飲み込まれました。だが、光は消えない。上空からも地面からも光を喰らい、消そうとします。蟲達はこの浄化の光を忌み嫌い、必死に消そうとしています。
唄に変化がおきました。神々しいソロパートが終わりを告げ、子供達の声が重なりました。小さい声が大きくなります。それもひとりの声ではありません。今では大勢の声が空中に響き渡っています。これは・・・先程の月の唄に似ているが・・・兎の魂のこもった唄ではなく、無邪気な・・・子供が楽しく唄っているように聞こえました。
声が聞こえる場所は月。
月に住む兎達が一斉に奇蹟の唄を奏でます。この星の為に命をかけて護った兎の想いが月の女王を動かし、月の大合唱がこの星に鳴り響く。月の兎の行動が、月そのものを動かしたのです。
人々が初めて聞く、月の唄が幕を開けます。
空に変化が起こりました。黒かったはずの空に青白い粒子が舞い降りています。次第に青が広がり、はるか上空から、青白い光の虹がこの星にかかりました。これは・・・月とは異質の力です。圧倒的で強い揺るぎのない力。それでいて温かく包む、優しい星の力。その虹の正体は数百年に一度しか訪れない彗星のしっぽです。近づいた彗星の尾から星の蝶の大群が現れ、この星を囲みます。
星の蝶は月の兎に合わせて唄いました。彗星の奇蹟を唄に込め、この星の為に総ての蝶が祈りを捧げる。この星にはぐれ、この星で孤独に生きた蝶と、この星を護った2人の蝶の為に。一人一人が歪みより強い、彗星の化身。仲間の繭を受け取りに、仲間の意思を継ぐ為に彗星も動いた。星の宴が始まりました。
ここに、月の兎と星の蝶の子守唄が始まる―――。
月の兎が護った子供、星の蝶が護りこの地で育った子供達。総ての生き物の為に、子守唄が届きました。彗星は、記憶の力。総ての人々から歪みの力を消し去りました。歪み、瘴気と呼ばれる物は、意思そのものを完全に砕かれ、総てを消滅させられたのです。歪みは姿だけでなく、人々の記憶からも完全に消去させられた。

月は生命の力。星を再生させます。腐食された大地を浄化し、砂漠からは植物が生えてきます。大地と緑が蘇りました。上空からは、青白い粒子と一緒に雨が降ってきました。恵みの雨はしばらく続いています。月の引力で満ち状態を起こし、水を呼び寄せます。雨により河を、水により海が誕生しました。偽りではない本当の大地と海が月の奇蹟により、姿を取り戻しました。
上空の青い軌跡から一人の蝶が繭を受け取りにきました。ネハルが繭を手渡すと、蝶はネハルを見続けています。
「月の兎と星の蝶は属性的に合いません。それが、今ひとつになった。月の力と星のチカラを持ってしても成しえなかった事が起こりました。あなた達はきっと、この星で生きていけます。自らの意思で生きていけます。この繭の中の蝶も確信している筈です。」
蝶は繭を大事に抱え、彗星に戻ります。少しずつ彗星が離れていきます。役目を終えてまた戻ります。
白い竹の側で、唄い終わった月の女王は、両手に抱えた月の兎を見て泣いています。何度も反対した。強制的に月に戻してもよかった。だが、ここまで自らの意思を持って行動した姿は今までに見た事がなかった。兎を許した女王としての責任。せめて毒を抜き、身体を清めよう。聖なる資質を強く受け継いだ者に相応しい身体に戻そう。
「月が関与するのはここまで。後はまかせましたよ。」
6. 生きる事、生き続ける事
あの奇蹟の子守唄から半年。人々は前向きです。豊富な水と大地に根付き、見えない“鎖”と言う呪縛を忘れて生活しています。月より来た種族は、あの月の村で暮らしています。今では月の石を島中に広げ、月の国として水の民と大地の民と交流しています。
カエル王も大河童もここにいます。ふたりは王位を継承しませんでした。神殿を離れ、村に赴きここで暮らしています。
―――ある日。
竹林から泣き声と唄が聞こえると言う噂を聞いたふたりは調査に訪れました。あの件以降、また閉じてしまった竹林の前に到着すると、竹林が自ら開きました。中には前よりも大きく育った、白い竹が見えます。
ここに来る時、たしかに唄が聞こえた。あれは間違いなく月の唄。月の一族が来たのだろうか? 今は泣き声が聞こえる。どうやら、白い竹の中から聞こえます。
ふたりがその竹を調べると、白竹は自ら変形をはじめました。その中にはカプセルのようなものがあります。カプセルが開くと、中には小さな女の子がいました。美しい兎の耳を持ち、面影のあるオーラを身にまといし子供が。月の兎にそっくりです。
毒を抜いた兎の身体には聖なるオーラが残っていました。現状での復活は無理だが、子供に時間を戻せば命だけは助けられる。女王は生命維持装置と呼べる白い竹を使い、子供の状態に戻した兎の体を、あの白竹に託して養生させていたのです。
あの星の為に生き、そして半ばで力尽きた偉大な者の意思を尊重したい。もう一度あの星に戻そう。今度こそ自分の為に生きて欲しい。それが女王の願いでした。

時を同じくして、彗星より一人の蝶が小さな繭をネハルに手渡しました。
繭からは小さな蝶の羽を持った子供が産まれました。
「よぉ、ちっちゃいの〜、元気だったか♪」
「あんたに言われたくないよ・・・」

・・・赤の賢者と青の導師は相変わらず旅をしています。好奇心が多く、家に戻らない姉達をネハルはいつも心配しています。
・・・龍の女王は、宮殿のメンテナンスと言う仕事から解放され、ミズチ達と海を走っているようです。
・・・大地と大海原のヌシ達は、新たに出来た月の国も含めて、今後の事を考えて国つくりと交流を進めています。
・・・電脳師は塔があった場所にいました。大地のあった場所に広がる地下世界を見つけ、新たな知識を求めて探索に行きました。
総ての人が生きる為に必死です。どんな事があっても、生きる事には手を抜かない。つらい時、悲しい時、人々はあの月の兎と星の蝶の子守唄を思い出し、口ずみます。この星を助けてくれた月と彗星の聖霊の加護を受けている。そう思うと、不思議と勇気が湧いてくるのです。
この先もこの子守唄は語り続けられ、兎と蝶は人々の記憶に残り続けるのです。
―――完結。









