
記憶都市では死後、魂は新たな体(イレモノ)を手に入れ、記憶を消去され、都市に出荷される。システム的にこれを淡々と繰り返すのみ。だからこそ、堕ちて異形となったモノ達もそのまま住人登録される。魂、精神の数が決まっているから、死ぬ前も後も住人としての数を合わせなければならない。
ここでの死とは1サイクルの生活。それが根本的な消失。
シンプルなシステムが死の定義。
無機質なシステムとは裏腹に、ヒトは死に対して、死後に対して非常に幅広く、奥深く考えてしまう。何よりもそこを強く求める。
ヒトの精神部分が複雑に思考するのであって、肉体とはただの器の事だ。そのくせ老化現象には死のイメージが付きまとう。
時折、精神と体の不一致が起こるモノがいる。肉体が機械化や無機化されれば、その肉体は見た目以上に単なるイレモノとなってしまう。強すぎる精神は肉体とのバランスがとれない。ここにイレギュラーが発生する。精神のみが肉体を離れ、都市の中枢システムや危険区域に入り込んでしまう事がある。何故、精神の分離がおこるとシステムや危険区域に向かうのかはは分かっていない。魂と同質、そういったものを引き寄せるナニかがそこに存在するのか?
この部分は現在も注目され、研究機関で調べられてもいるが、未だ答えは出ていない。
こんな決められたシステムをよく想わないモノ達が都市中枢に終結しつつある。
電脳に自分の精神だけを繋ぎ止める。出来る確証はないが、それでも先駆者としての役割にはなる。電脳が意識となり、世界が肉体と化すのだ。
結局、その集団は取り押さえられてします。その時に逃れた数人がビルの屋上から飛び降り自殺を行ったが、発表はただの自殺者とされた。
しかし、ネットでは今もこの話題に事かかない。残された手紙が最近ネットに流れ、論議されている。

死のイメージって何でしょう?
普通、死のイメージって多分死んだ瞬間だと想うんですよ。
でも、ヒトが病気等で死ぬ時って、死ぬ間際まで苦しんでいます。
・・・見ている方が痛々しくて。
もう、後がない。
過剰な苦しみは見ているモノに安易に死のイメージを植えつけてしまう。
いや、自ら植え付ける・・・感じ取ってしまう事になるのかな?
死んだ後はそのヒトが生きているときの記憶を、イメージで色々考えてしまいます。
そしてもう、いないんだって。
その瞬間の理解や理解しきれない為に放心状態となるのは、正直な話、見取るヒトが亡くなるヒトに対してどう想っているかによると想います。
・・・実感がわかなかったり。
・・・急に込み上げてきたり。
だとしたら、死んだ瞬間よりも死んだ後の方が相手に死に対する固着の“イメージ”なのかなって、考えてしまいます。ナイフで刺されるとか銃で撃たれるような殺意によるものもそうですし、病気や重度の怪我も死のイメージに繋がるモノだと想います。
そうなると、瞬間・・・直接的な死って、死のイメージからはかけ離れているような気がしてならないのです。後に残る”死の恐怖”が本当の死のイメージでだと想います。そして、それは生きていれば、確実に蓄積増大していく事でしょう。
死後の世界とか霊とか、死んだ後の話をすれば、イメージは非常に膨らむでしょう? 否定肯定に関わらず・・・ね。
死のイメージというのは、自分が死ぬ前の恐怖、ヒトが死んだ後の恐怖。物理的なもの・・・心臓がとまる事ではないのです。人間が勝手に考えて、想像してきたものです。
幽霊や、老人等(寿命に近づくといった点で)もそうですし、考えない人、行動していない人のように生きているのか死んでいるのかもわからない輩も個人的には死のイメージだと勝手に想い込んでいます。知能が高い程、恐怖が大きい。動物と人間では死の認識がまったく違うと。
ちょっとした妄想になってしまうかな。
私はそう考えています。
いや、そういう事に、この時、この時点ではそう決めました。
ホント、勝手だね。
だから、今のシステムに疑問を持ち、それを共有する仲間と共に電脳に意識を飛ばします。定着する可能性は難しいと想いますが、それでも“先駆者”としての意志は後世に残ると想っています。もし、私の考えが正しければ、住人登録に変化が出るでしょう。もしくは中枢機関にすむ住人(?)として登録されるでしょう。
どちらにせよ、私達は行動を起こします。
電脳と世界のハザマに存在する不安定なモノ・・・それが私達だから。
想いで綴られたその幼い内容は、唯の思い込みだったのか、変換された深い意味があるのか、論議が耐えない。
・・・死に対しては、ヒトは過剰に反応する。
単調なシステムだから、ヒトは考え、無関心なモノが少ないのかも。









